行政評価

行政評価システムについて

 今回は、行政評価をシステムとして捉え運用するポイントとして重要な市民像(市民の視点)を中心に展開します。

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行政評価を考える

私がA県で行いました行政評価法について簡単にまとめてみました。

興味をもたれましたら以下をクリックし閲覧ください。

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行政体における評価制度について(2)

2.評価の基本とは! 

 評価する目的を考えた場合、行政評価をどのように考えるべきか? 
 
  総合評価=効果性×効率性 
   
 考えるに、評価の視点は、上記の式のように、効果性効率性2点に絞られる。 
 まず、効果性とは、活動が目的にあった結果(アウトプット)を提供できたかどうかを測る視点である。 つまり、提供するアウトプットが、それを受けるステークホルダーの望んでいる姿をどの程度達成するために貢献できたかという視点で、アウトプットの質を問題にする視点である。
 次に、効率性とは、効果性を前提として、如何に少ない投資で、目標とした効果を得ることが出来たかを測る視点である。 つまり、効果的なアウトプットを生み出すためのシステムに関して、インプットやプロセスを問題にする視点である。 
 ある日、総務省の行政評価担当の方と話しをする機会があった。その時、担当者から農林省が「米を食べようキャンペーン?を実施している」この事業の評価を行う時、米の消費が伸びれば良いのか?もし、米の消費が伸びれば良いとすれば、たまたま、牛丼屋が値下げキャンペーンを実施し売上が伸び、結果米の消費量を伸ばすことになるかもしれない。そうなると、このキャンペーンの効果は評価できないのでは?という問い掛けがあった。 
 この問題は、効果性をどのように見るかが基本である。そもそも、米を食べようキャンペーンのステークホルダーは誰か?国民なのか?農業従事者なのか?後者であったら、このキャンペーンそのものが問題ではないか? 
 
 また、そのようなことは無く、国民の健康を意識してのことであるとするならば、このキャンペーンは、米の消費という目的の枠(その上位には、国民の健康という目的の枠がある)の中ににあることは確かであるが、そこに内包される下位の目的として、「食事の際に、パンやパスタ類の選択のときに、米の選択を強く意識する頻度が多くなった(と思われる)人の割合」というような指標が考えられる。
 このように、評価(特に効果性の評価尺)を考えるときのベースには、目的をどのように捉えるかという視点が大切であることが分かるだろう。
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行政体における評価制度について(1)

1.行政体における評価制度に思うこと?
 行政体において、評価制度が注目されたときの評価は、どちらかと言うと、死亡診断書的な性格が強く出ていたように思われる。 例えば、既に実行済みの事業に対して、その事業の効果はどうか、その事業は効率的に実行されたか?など・・・ 評価の方法やデータが無い中で、結果だけを評価するという無謀な評価が実行されたように思える。そこで、行政評価は何のために実行するのか?についてまず考えたい。
行政評価は、
1.国民への説明責任を果たす
 行政評価は、国民に対して税の使い方に対して納得できる説明を果たすための一つのツールとなる。
2.行・財政改革のトリガーとする
 行政評価は、行・財政改革のきっかけとなる課題を浮き彫りにするための一つのツールとなる。
3.マネジメントのツールとする
 行政評価は、政策・施策・事業のマネジメント・サイクルを回すための核となるツールとなる。
などなど、適切な評価制度の確実な実行は、行政の開かれた発展に欠かせないものであり、単に導入しなければということで導入するのであれば、単なるスタンドプレイであり税金の無駄遣いである。
 某市でのこと、導入当初は行政評価をマネジメントのツールとして位置づけ、市民像体系によって事業に横串を通し、部門を越えた事業のスクラップ&ビルドを目指して活動していたが、評価体系の構築半ばで、職員にとって分かり難いからという理由で、良く分からない市民憲章を持ち出し、その憲章に評価体系を当てはめるという作業を行った。結果、大半の事業はその憲章では拾えず、その他・・・で丸めることになった。つまり、大半の事業はマネジメントできなくなったのである。
 まさに、何のために導入しようとしたのか?正に導入することが目的になったのではないか?職員の意識を変え、行政を改革したいのであれば、理解し変われない職員が問題である。
言わずもがな!
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