事業仕訳について考える

政権交代があり、“事業仕分”という言葉が、一般的に知られるようになった。

 

 事業仕分のステップ

 ステップ1.事業の必要性の検討

 ステップ2.事業目的の達成可能性(事業の効果性)の検討

 ステップ3.事業の効率性の検討

である。

 1.事業の必要性

   事業の必要性は、国民や国のために本当に必要なことかどうかが視点になる。

   したがって、この必要性に関しては、現在の採算性とか、館であれば入場者の数で判断してはいけない。将来を見据えた判断が必要になる。

  ここで大切なことは、国民視点での国民像体系への事業の貢献度を判断することが必要である。

   この段階の議論での仕分人としては、仕分ようとする事業に対するステークホルダーの代表と、中間的な立場で自分の価値観ではなく国民の目線で判断することができる有識者の存在が必要である。

   この段階で、必要が無いということであれば、事業を止めることになる

 2.事業目的の達成度(事業の効果性)

   事業の必要性があることを前提に、その事業が事業の目的を達成するのに適切なアウトプットを生みだしているか?という視点で考える。

この段階の議論での仕分人としては、仕分ようとする事業の実行者(業務遂行者)とその監査人、及び業務の設計を経験している有識者の存在が必要である。

   ここで、適切なアウトプットが出せていないという評価であれば、適切なアウトプットを出すように事業の内容を再検討することが必要である。

 3.事業の効率性

   事業の必要性とその達成可能性が担保できるアウトプットが見出せたら、そのアウトプットを得るための活動が、如何に効率的に行われているかを判断することが必要である。人件費の適切さや経費の使い方の適切さなどを判断することになる。

この段階の議論での仕分人としては、仕分ようとする事業の実行者(経理担当)とその監査人、及び効率化を経験している有識者の存在が必要である。

 これらのステップを経て、

  ◇事業の廃止か継続か

  ◇継続する事業は、事業内容の見直しか継続か

  ◇具体的な事業予算額の目標を示す。

を明らかにしていく。

今回、公開で実施されている事業仕分を見ていて、適切なステップと適切な仕分人の選定が行われたのかどうか、非常に不安になる。

 仕分人の選定が偏った場合、適切な判断はできない。特に、有識者の役割は、ステークホルダー間の適切な議論の誘導という“ファシリテーター”的な役割は大きい。

事業仕分は、市町村レベルでも行われているが、事業仕分を単なる手段として使われてしまうと、将来に対する大きな問題を潜在化させてしまう可能性がある。

事業仕訳を行う場合、適切なステップ、適切な仕分人の選任という絶対必要である前提条件を整える努力が必要である。

文責 RMS代表 尾嶋 繁

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ワークシェアリングについて

 最近、風邪が流行しております。 私も人並みに先週末より風邪にかかり、微熱と咳が続いておりました。体調が優れないと気持ちも弱気になるもので、経済は上向く兆しもなく、政治は訳の分からない答弁に明け暮れ、日本はどこに向かうのか・・・・とネガティブな思考が・・・

 色々と思うこともありますが、今回は、投稿が遅れていたワークシェアリングについて考えます。

 年が変わり、様々な企業や連合などでワークシェアリングの問題が議論されるようになったことは、歓迎すべきでしょう。しかし、ワークシェアリングの定義が曖昧で、まだ言葉だけが一人歩きしているようです。

あえてワークシェアリングを位置づけるとすれば、“経済の急激な変動により労働者の雇用移動がスムーズにいかず大量の失業者を排出し兼ねない時、ワークシェアリングを実施し雇用の安定を図り、結果、社会の安定を目指し経済の悪化スピードを和らげる”となるでしょう。

第三者的に見れば、すごく良いことのように思えるのですが、実際の当事者となると難しいと言えます。その難しさとは、解雇の対象とならない方々の既得権とワークシェアリングの価値観のバランスが取れるかどうかにあります。分かり易く言えば、解雇の対象とならない自分たちの賃金を下げても、仕事を失う可能性のある人と仕事を分かち合うことができるかということです。

従って、ワークシェアリングを導入するには、“自分さえ良ければという利己的な価値観ではなく、自分の権利を犠牲にしても社会に貢献するという価値観を持てるないしは持たざるを得ない”という前提が必要です。

先の前提が整ったとして、実際にワークシェアリングを実行するには、以下に示す3つのことを事前に整備する必要があります。

1.どのくらいシェアするのか?

ワークシェアリングは、総人件費のシェアリングと言えます。そこで、まず考えなければならないのは、総人件費のどのくらいをシェアするか?という視点です。

ここでは、単なる人件費の削減にならないように、売上に対してどのくらいの人件費を用意することができるか?という算定基準が必要になります。たとえば、利益をある程度出せる人件費の水準にするのか、利益を出さない人件費の水準とするか、多少の損金を出しても良い人件費の水準とするかという基準です。

国の組織や地方公共団体などの公務員の皆さんが就業する組織では、失業率の水準により、何人ぐらいを採用(非常勤でも良い)すべきかを決めることもできます。

2.どのようにシェアするのか?

 シェアする総人件費枠が決まったとして、それをどのようにシェアするかということが次の問題になります。

例えば、総人件費の30%をシェアするとした場合、一率に30%をシェアするとすれば、年収500万円の人は30%の150万円をシェアして、自分の年収は350万円になります。計算上は問題ないのですが、年収500万円の人が350万円になっても社会貢献だからと納得することができるかどうかが問題です。

そこで、ある程度の固定する基準年収(賃金)を決め、その基準年収を上回る部分をシェアの対象にする、ないしは、計算が複雑になるが年収の高いクラスから順にシェア率を少なくするなどの工夫が必要になります。

3.仕事をどのようにシェアするのか?

先のような金額に関するシェア基準は、一度決めることができれば運用は難しくないが、仕事をシェアするのは、その時の業務の状況で変化するため、準備なしには運用ができない。

高度な能力を必要としない単純な業務だけであれば問題はないが、シェアリングの対象となるのは、単純な業務に従事する人だけでなく、高度な能力を要する業務に従事する人も対象になるからです。

そのためには、業務標準化や必要な能力の明確化、及び人材の育成を計画的に行い、どのような時でも、業務分担をフレキシブルに変えることができる業務管理体制を整えることが必要です。(このことは、ワークシェアリングに限ったことではなく、業務管理の基本であると考えるべきでしょう。)

ワークシェアリングの導入は、各企業の責任で実施するということは難しいのではないでしょうか、できれば労働関係法の中で整理し、例えば就業規則にワークシェアリングの考え方を記述するようにすべきではないかと考えます。

実際の導入に関しては、税金で賃金が支払われている公務員の皆さんが就業する組織や公共事業を主な仕事とする企業の皆さんは、率先して考えるべきでしょう。

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杵築市の決断と行動力に称賛!

今の景気の悪循環を止めるために、以前、新たな雇用の創造に公的資金を投入するという観点を述べた。1216日のニュースで、杵築市が期間と採用人数は限定であるが、大分キャノン関連の非正規雇用の労働者を採用すると伝えられた。

世界的な雇用不安→消費の低迷→企業業績の悪化→解雇(雇用不安)→金融機関からの借入制限→消費の低迷→企業業績の悪化・・・という悪循環を断ち切るには、どんなに少ない収入であろうと収入が安定して得られるという状況、すなわち雇用不安を断ち切ることが必要である。

少ない収入でも安定収入が得られれば、金融機関からの適切な借り入れが可能となり、大型商品(例えば、液晶テレビや自動車など)の消費が復活する。そうすれば、経済は好循環に転じるのではないか。世界が同時に同様の手立てを実施すれば、その効果は高い。(不動産バブルとは状況が違うので、金融機関にお金を投入するという短絡的な手法では、雇用が確保できない→消費が低迷→企業業績が悪化するという循環では、不良債権が増えるだけで効果はないだろう。)

杵築市は、限定的であるが、雇用不安の解消という面で効果を得るだろう。できれば、長期雇用を実現して頂きたい。また、このニュースを聞いて、他の市町村をはじめ都道府県や国に同様の動きが出てくることを期待したい。

話を戻して、杵築市のこの行動が最も評価できることは、単なるお金のバラマキではなく、労働先(働き口)を提供するという視点である。昔から、“働かざるもの食うべからず”という社会の基本的な倫理感がある。困っているからと、お金を提供して解決する手法は日本を弱くする。どんな状況であろうと、労働を提供して収入を得る原則を維持することは、大切であり、杵築市の対応は評価できる。

 すぐに仕事が作れないということであれば、国として今回の状況を好機と捉え、将来の日本を強くするために、職を失った人に対する職業訓練を強化し、職業訓練を受けている期間はある程度の給与を払い、無事に卒業することができた人には賞与を与えるという方法も考えられる。

今、国や都道府県・市町村の各行政機関は、税金をどのように使うと生きた税金になるのかを真剣に議論し、タイムリーに実行すべきである。

また、今回の経験を生かし将来のために、ワークシェアリングの考え方を基本に、行政機関は元より各企業においても、ワークシェアリングを即座に実行できる業務の仕組み作りと労働法等の法の整備を行いたいものである。

以 上

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労働ということを考える

 一言で非正規雇用の労働者であるといっても、自ら進んで非正規雇用の社員であるメリットを享受するために成っている状況とやむを得ず非正規雇用の社員と成っている状況とがあります。

前者の場合でも、後者の場合でも、(額はバラツいても収入が途絶えることがない状態を)安定して得ることができるようになるためには、自分の労働力の提供側としての位置づけを明確にしなければなりません。以下において簡単なモデルを考えます。

組織が求める人材を、技術力の軸とコストパフォーマンスの軸により、4つの次元に区分してみることができます。

Ⅰ次元:技術力の軸:低、コストパフォーマンスの軸:低

この次元は、技術/コストの競争環境を確保するための人材であり、現在の非正規労働者を中心とした人材活用の視点です。つまり、負荷調整機能としての人材活用に位置づけられます。

Ⅱ次元:技術力の軸:低、コストパフォーマンスの軸:高

この次元は、コストリーダーとなる人材で、コストパフォーマンスが(作業の品質は元より、作業のスピードも)優れている人材です。

Ⅲ次元:技術力の軸:高、コストパフォーマンスの軸:低

この次元は、組織が必要とする技術(スキル)を持っている人材であり、特に組織が保有しない技術を持っている人材が求められます。

Ⅳ次元:技術力の軸:高、コストパフォーマンスの軸:高

この次元は、組織が必要とする技術(スキル)を持ち、その面でのコストパフォーマンス面も優れている人材です。非正規労働者であっても、組織(特に実行部隊の現場組織)の中核となる人材です。

このように、組織が求める人材像を4つの次元で考えた時、雇用の安定さという視点から見ると、Ⅳ次元の人材、Ⅲ次元の人材、Ⅱ次元の人材という順に位置づけられます。

今、雇用環境の急激な悪化があるというケースの体験から、自己防衛を考えるとすれば、組織の中で、できるだけ高次の次元に自分が位置づけられるように、技術(スキル)やパフォーマンスの面で、優位に立つものを持たなければならないと思います。

このことは、正規・非正規を問わず、労働の提供という道を生業とするのであれば、いかなる時代においても基本的な原則であり、今こそ、働くことの意味と提供できる労力(労働)の価値について、じっくりと考える良い機会ではないかと思います。

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今こそ、ワークシェアを考える!

前回は、唐突ではあったが、公的資金を人件費に当て、雇用を創出するという点を述べた。

今回は、過去に検討され、考え方はあったがうまく実現ができなかった「ワークシェア」について考えたい。世界同時不況にある今日、正に「ワークシェア」の考え方を真剣に考える良いチャンスではないか?

最近の新聞の紙面は、トヨタ自動車が、いすゞ自動車が・・・など、非正規社員の解雇という文字が目立つ。確かに、1企業が存続するためには、やむを得ないことかもしれないが、今の世界同時不況という状況で、適切な対応なのだろうか?と首を傾げる。

今の状況は、消費が落ち込み、企業の売り上げが減少し、解雇・・・という負のスパイラルに入ってしまった。

これを止める手立ては一つ、将来の雇用不安を取り除くことである。今、なぜ消費が落ち込んでいるのか、それは、将来に収入が見えないからである。繰り返しになるが、いくら銀行にお金を投入しても、将来に不安のある人にお金は回らない。単に、ストックが増えるだけで、市場を潤すことはできない。

そこで、将来の雇用の不安を取り除き、俗に言う「金は天下の回りもの」という心理を下支えできれば、市場に資金が還流し、経済が立ち直る。

この雇用不安を取り除くために、「ワークシェア」の意味がある。簡単に言うと、生活の柱となっている人たちに仕事をシェアし、将来の生活の基盤となる雇用を確保できれば、雇用不安がなくなる。

本来、企業の社会的責任(そこで働く社員も含め)で最も重要なことは、雇用の創出である。今こそ、雇用を創出できない企業は、社会にとっての価値が低いという理念を持つべきではないか。近日、自分さえ良ければと、非正規社員も含めた社員を解雇して生き残った会社や残った社員の品性が問われる。

トヨタ自動車をはじめ、自動車メーカー各社は、裾野が広い企業である。従って、社会に対する影響力が強く、これらの企業が、正規社員だけでなく、非正規社員も含めた社会全体の雇用創出に貢献してくれるなら、経済はすぐにでも立ち直るだろう。「損して得取れ」という言葉がある。

正規社員の皆さんにとっても、負のスパイラルが止まらなければ、リストラという文字がちらつき始める。そうならないためにも、ワークシェアのために、現在の収入を少し減らし、他の人に仕事をシェアしたとしても、将来の安定を目指すべきではないか!

政府としては、非正規雇用を含め、雇用を新たに創出した企業に関して、公的資金による助成金を提供できる制度などを早急に整備し、社会における雇用不安を払しょくすることが急務である。

繰り返しになるが、26兆円の経済対策を雇用創出一点へ集中的に投下し、これを世界の各国も同調して実行できれば、世界の経済はすぐに立ち直るのではないか。

政治家や行政のトップ及び、大企業トップの皆さんの賢明なリーダーシップに期待します。

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金融(経済)危機回避は雇用の安定で!

金融(経済)危機から脱するという発想で、直接的に金融機関への公的資金の投入や公共事業に税金を投入することは良いのだが、根本的な考え方を間違ってはいけない。

1.目的は何か?(何を狙いとするのか?)

今の経済危機は、消費が低迷し、企業業績が悪化、金融機関の貸し渋り、雇用不安(つまり収入への不安)が起こり、買い控えが発生している。その結果、一段と消費が低迷し、企業業績が悪化し、一層の金融機関の貸し渋りが起こり、雇用不安が拡大し・・・という負の連鎖であると考えられないか?

この連鎖を断ち切るために、一つの方法として、金融機関に公的資金を注入し、貸し渋りが起きないようにするという手は、無駄な手法である。そもそも金融機関の貸出基準に対して、企業がその基準をクリアできないようであれば、貸出は増えない。いくら金融機関に資金を注入しても、金融機関にお金が滞留する方が多く、効果を期待できない。

もう一方の定額給付も期待できない。なぜなら、将来の雇用不安要因が取り除かれないのであれば、配られたお金は消費に回らず、貯蓄に回る方が多いだろう。ここでも、国民の財布の中にお金が滞留する方が多く、経済を活性化する効果は期待できない。

最後に、公共事業であるが、これは直接的に企業へ資金が注入され、雇用の安定に効果があるように思える。しかし、従来のような構造物をつくるような事業では、思ったほどの効果はないだろう。なぜなら、構造物をつくる事業は、多くが資材等に費やされ、人件費に回される費用は少ない。しかも、資材の多くは、輸入に頼っており、国内の消費を底上げする効果は少ない。

このように見てくると、対策の目的は、“雇用不安の回避”の1点に置くべきではないか。

2.雇用不安の回避策として

そこで、雇用不安に効果があり、結果、消費を活性化するには、公共事業費の殆どを人件費に回せるような事業であることが求められる。例えば、20兆円を人件費に回すことができるとすれば、年収500万円の人を400万人(2005年現在、約5,000万世帯の8%、65歳以上の世帯主を除くと3,650万世帯の11%)作ることができるのです。

私は、ある省の地方の出先機関での業務で、ストック・マネジメントという業務に関わることがあった。私見であるが、雇用不安の回避策の一つとして、ストック・マネジメントが有効ではないかと考える。

なぜなら、ストック・マネジメントには、多くの労働集約的な業務がある。たとえば、ストックを評価するという業務は、人が現地・現物を確認し評価する必要があり、殆どが人件費である。また、ストックを維持するための業務も、補修等には資材が必要になるが、日常の点検や維持活動の殆どは、人の業務である。また、ストックを活用するための人材を育成する事業も必要でありこの事業も殆どが人件費である。また、建物や農地の様なストックは、それを有効に活できる人材が必要である。

(農地の話が出たが、食料自給率の問題を言うなら、耕作放棄地などの遊休地を有効に活用し、自給率を向上するための事業は、一石二鳥の事業となる可能性がある。)

また、雇用安定と相反するように思えるが、改善などの生産性向上の活動は、将来の雇用を確保するという視点で重要である。日本企業は、海外の企業と戦える力を身につけないと将来がない。そこで、現場の改善等、生産性向上に対する投資に対しての支援も必要である。など・・・・

今の経済危機を回避するために、与野党の壁を越え、目的を共有し、無駄の少ない効果的な手法を創造し、効率的に実施されることを期待する。

                               by Ojima

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政権交代(民主党)に期待する

現在の政治や行政に対する閉塞感を打破するためには、政権交代は重要な意味を持つ。しかし、単に政権が交代するという状態では、現在の政権と変わらない。

この閉塞感を打破し、民主党が掲げる様々な政策を実現するためには、政策を実現しやすい環境を整えることが大切である。

1.      

使い切る予算から余らせる予算へ

予算のフレキシビリティな運用ができなければ、閉塞感を打破することは難しい。予算のフレキシビリティな運用を妨げているものは、悪しき慣習(制度運営)となっている今の予算制度の運用ではないか。

予算が余れば使い切らなければ「評価が悪くなる」という行政マンが共通して持っている潜在的なネガティブな意識は、現在の予算制度の運営がもたらした。結果、“預かり金”を代表するように様々な問題を引き起こした。

計画したアウトプット(結果:リザルト)を達成するにあたって、知恵を出し効率的な遂行ができ、予算を余らせることができたら、本来は評価されなければならないが、効率的にできたかどうかを評価することはなく、単に予算の執行率で評価した結果、先のような行動が生まれた。

政権交代は、この悪しき慣習(制度運営)を、断ち切るチャンスである。

例えば、一つの視点であるが、目標とする結果を効率的に得ることができたのなら、アウトプットとしての達成目標が間違っていなければ、予算を効果的に活用できたのであるから、遂行した組織(個人)を評価し、余った予算は元より、より大きな、より多くの事業を推進できるような予算と権限を付与する。このような運営ができれば、効果的な事業推進を行おうとする行政マンのインセンティブを高めることができるのではないか。

 

2.       政策・施策・事業の評価と人事評価の連携

先のような予算制度の運営を行おうとすると、予算を配分する側が、適切な評価尺(眼)を持たなければならない。

現在の行政評価は、縦割りの評価であり、横串を通した組織横断的な評価ができていない。また、評価が俗に言う[PDCAを回す]ことに結びつかず、現状は、死亡診断書となり、評価のための評価となっている。一方で第三者評価の導入を模索するが、第三者評価は、死亡診断書の確からしさを補うための何ものでもなく、評価の本来の目的(機能)を十分に発揮できず、かえって逆効果となり、税金の無駄遣いになる可能性がある。

本来、評価は、評価対象者の自浄作用を期待するものであり、それが無ければ評価をする意味がない。そこで、行政評価の結果と行政マンの人事評価をリンクさせ、行政マン自身が、自分の活動の結果に対するアカンタビリティを意識できるようにし、自ら結果を振り返り、反省すべきことは反省し、良かったことはノウハウとして蓄積し、次の計画する活動へ反映することができるようにすることが大切である。

そのためには、各自の活動を、政策・施策・事業の評価において、効果性に対する貢献度の評価と効率性に対する貢献度の評価に位置づけることが必要である。

多くの人は、評価されようとして行動を変える。評価制度は、国民にとって現在の閉塞感を打破し、見えないものを見えるようにする唯一の手段である。

3.      

すべての財源を一般財源化

税収による財源が多様化しており、それぞれの使い道に制約があると、ダイナミックな政策立案ができなくなり、結果、何も変わらない。

そこで、様々な特定の財源をすべて一般財源化できれば、制約が緩やかになり、ダイナミック政策立案ができるようになる。

各省庁における抵抗はあると思うが、監査もされない財源が一般会計の何倍もあること自体が問題である。国民としては、どのような形にしろ、税金等で徴収されているのであるから、それらに色が付いている意味を感じている人は少ないだろう。

国民としては、どのように徴収されたものでも、その時々にあった優先度や重要度に合わせて効果的に活用して貰えれば良いのである。

例えば、優先順位は、まずは国民の生命財産に関して緊急に関わる問題に対すること、次に、普通に生活することに対する不安に関する問題など、最後に教養や娯楽といった豊かさに関するテーマというようになるだろう。

また、重要度は、各々の案件が、どれだけの国民にどれだけの負荷が影響するのか?という尺度で見ることができるだろう。

このような視点を、省庁の壁を取り払い、約400兆円(重複と借換償還額を除くと平成16年は279兆円)もの財源をダイナミックに運用することができれば、今回のような30兆円程度の緊急対策も、消費税のアップなどなくともできたことかもしれない。

以上に、「財源を一本化しダイナミックに使える財源を増やし、使いきる予算から余らせる予算へ評価を変え、政策・施策・事業の評価と人事評価を連携させるという基盤を整え、政策立案とその実行におけるフレキシビリティを高める」という行政基盤の改革が、今の日本の閉塞感を打破するために必要である。それができるのは、政権交代なのかもしれない。

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今、政治家のリーダーシップが問われている!

【政治家や行政は国民を見ているのか?】

1.期限切れ暫定税率の財源を当てにする予算編成の不思議?

この財源は、期限付きの財源であることは、それを決めた時に分かっていたはず、つまり2008年度は、暫定税率の期限が切れ、本来であれば税収が減ることは分かっていたはずなのに、この税収を見込んで予算化する国・地方の行政や議員の皆さんの感覚が分らない

国・地方の行政や議員の皆さんは、30年以上続けてきた暫定に、感覚が麻痺しているのか?それとも、一度取り始めた税金は、黙って取り続けるということなのか?

これに関連した東国原宮崎県知事の発言で、「暫定税率の財源を見込んだ予算が議会の承認を得ているから、それが無くなったら大変だ」と言う発言があった。この発言を聞くと、自分が大変だから、国民に使い途がはっきりしない税金を払えと言っているように聞こえる。また、東国原宮崎県知事は、「暫定税率による財源は、道路だけでなく、借金の返済にも当てているのだから」とも言う。借金の返済に、流動的な暫定税率を充当するなど非常識であり本来あってはならない。このような感覚は、県民(国民)感覚とかけ離れてはいないか?

42日付け産経新聞の関西版に、橋下大阪府知事の「暫定税率を見込んだ予算を作らなかったから混乱はない」といった発言が掲載されていた。これが、本来の姿だろう。昨年からの議論であるから、今になって分らなかったことではない。不測事態に備える対応を示すことが、行政トップの役割であろう。

 福田首相も、国と地方の財源が不足すると地方が混乱するという。42日の新聞に『国交省4兆円の配分を見送り』という見出しや地方自治体で道路などの工事の中断/中止を報道して、如何にも混乱しているかのように思えるが、本当に優先順位の高いものが中止されたのか?とすれば、行政トップのリーダーシップを疑う。

2.政治のリーダーシップの発揮に期待!

暫定税率の財源は2.6兆円ほど、国家の一般会計予算が約80兆円、地方の普通会計予算を含めると136兆円を超え、特別会計は平成2年の補正予算ベースで約194兆円であったものが、平成16年の補正予算ベースで約420兆円にも上る予算があり、暫定税率での財源は一般会計等の予算の2%未満、特別会計を含める予算(重複と借換償還額を除く、279兆円)をベースにすると約0.93%である。

このくらいの効率化を国と地方でできないのであれば、国の行政を司る管理者や政治家は総辞職すべきではないか?一般企業の大半は、年間2%程度の効率化はどこでも努力しているし、それ以上を達成し利益を上げ、税金を納めている企業も沢山ある。

福田首相は、もっと行政の努力を引き出すリーダーシップを取るべきである。何もしないで、地方の経済が危ないなどと何も分らない国民の危機感や不安をあおることしか言えないのであれば、政治のリーダーを降りるべきである。

暫定税率に限らないが、行政に対する様々な問題が明確になってきた。予算があまると困るからリクライニングチェアを購入する、就業時間内に仕事をしないで中抜けする職員がいるなど、行政に関する無駄に報道の関心が集中してきた。このような報道はほんの一部であり、その気になれば、一般会計の2%ぐらいの無駄はすぐに見つかるだろう。

公務員の評価に関して、例えば、消費した(獲得した)予算の大きさで評価するのではなく、予算を節約できた大きさで評価するという価値観、予算を沢山使うことは先例があればそれほど難しいことではない、少ない予算で同じ効果を出すことに能力が求められる。優秀な公務員の皆さんが、本気で知恵を出せば、5%や10%の予算を削減することは容易いだろう。今こそ、政治のリーダーシップを発揮し、価値観を根底から変えるという姿勢を見せて欲しい。

また、ガソリン税の税率を維持することは、地球環境の問題でも国際的に胸を張れるというが、その税金で高速道路をつくるというのは、逆行しないか?高速道路があるとトラックの長距離輸送が多くならないか?長距離輸送なら、鉄道貨物や船舶貨物を利用した方がCO2の削減に大きく貢献できるのではないか?であれば、鉄道や船舶貨物のターミナルの整備をし、そこまでの一般道を整備すれば良いことになる。多くの税金を投入する高速道路の必要性には疑問が残る

政治がリーダーシップを発揮するのは、現状の延長線上ではなく、現状をブレイクスルーする大局的な発想により、経済と環境を両立できる政策を立案するということも必要ではないか?現在の行政にブレイクスルーを期待するのは難しいのであれば、政治のリーダーシップを期待する。

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