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2010年9月 5日 (日)

政治主導を考える

政治主導は目的なのか方法なのか?

菅首相の言う政治主導は、目的になっていないか?

“予算を政治家が決めることをしているのだから政治主導を実践しているという”このことから伺うに、政治主導を実践していることが最終の目標であり、目的となっています。

一方、小沢氏は、予算の使い道を変え一括交付金化を実現し地域主権を達成する手段として、政治主導を使おうとしています。

この二つの捉え方のどちらが適切なのだろうか?

今日の状況を考え、“政治主導という言葉”を使うとしたら、後者の方が適切なように思える。何故なら、後者の方が上位概念を持ち“政治主導”を位置づけているからです。

中央集権型から地域主権型へ行政の姿を変えることが“是”であるという価値観に基づけば、前者では、政治家が予算を決めることをしても中央集権は変わらない、例として上げられていた“幼稚園と保育園を合わせて行政の縦割りをなくし、“子ども”うんたらの予算名“にしても、地方に落ちるお金にひも付きがあることに変わりは無いでしょう。特定の使用目的を添えてお金を渡せば、無駄なものも含まれるということは変わらない。但し、予算を大括りにしたことで、重複した多少の無駄を排除できるかもしれないが、根本的には変わらないでしょう。

 後者は、中央官庁の干渉を減らし、地方で自由に使い道を決めて使う地域主権を目指そうとしています。予算の削減はできないかもしれないが、“地域主権”という新たな行政の姿を達成できるのであれば、将来にとって良い方向に向かう可能性(希望)を持つことができます。

但し、ここには以下に上げたようないくつか問題がありますが、将来の目指すべき姿を達成するためには、乗り越えなければならない問題です。例えば、

・どのように予算を配分するか

・受け取った地方が効果的に予算を使ったかを評価する方法

・そもそも、自主的に効果的な使い道を決めることができるか

といった点です。

 このことで、実行できないと諦めたら、何も変えられないということになります。将来のあるべき姿に向かって信念を持って取り組むことが、政治主導になるのかもしれません。

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